オレの名前は、ロシュ。
有り難いことに、そう刷り込まれてこの十数年を生きてきた。



Masquerade!




仮面舞踏会会場。
(さてと、どこから攻めますかねぇ……)
こんな会場を一人でいても、怪しまれないのはいいことだと思う。
男女ペアでの参加がほぼ義務に等しいこのようなパーティー会場での単独行動はくれぐれも慎むように、とのベルナールのお達しがあるものだが、今回はむしろこういう趣旨のイベントらしいので、互いに別動でスクープを狙う。
ベルナールがうっとおしいとは思わないけれど、一人での自由行動ほど、やりやすいことはない。
ここ数日、また汚職疑惑の議員がなにやら不穏な動きを見せていて、このパーティーは、やりとりのカモフラージュとしての意味合いが強いらしい。
いつぞや聞いたことのあるような、ないような話だ。
まあ、危険な仕事には慣れている。
変装も、たまにはする。
今回は仮面舞踏会。
マントとマスクは必須、これもまた、変装のうちだろう。
ただ。
(なんで相変わらず女の格好なんだよ……)
答えは、決まっている。男女比を鑑み、ベルナールと一緒にここへ入らなければいけなかったから。
これもどこかで聞いた話だ。
そういえばと思い出す。確かに、今回言われたのだ。
ギャラははずむ。と。
マントを羽織ればほぼ何を来ているかはわからないから問題ないけれど、それでも丈の問題で足先だけは隠せない。
ピンヒールとスカートはあまり行動的ではない。
足のすーすー感も、コツコツした足音も自分でないようで、落ち着かない。
早く帰りたいが、ここまでやった以上、スクープなしで帰ることほど情けないことはないだろう。
それにしても。
(本当にここじゃ誰が誰とか、気にしてないんだな)
会話はあちらこちらで飛び交っていた。特別知り合いということでもなく、誰かと問うこともなく。むしろ自分を隠す感覚。
この空間に居れば居るほど、自分という存在が、かき消されるようで、虫酸が走る。
(なーに考えてるんだか……)
自嘲もしたくなる。
両親が亡くなってから、ロシュという人間であることを主張していかければ認識すらしてもらえなかったことを思い出す。
その認識すら必要のない、自分が誰であるかも関係ない。
別に、どうでもいいと言われているようで。
「あの」
後ろからマントを引っ張られて立ち止まる。
そして聞き覚えのある声に、軽く死にたくなった。
「ええと、ロシュ……?」
振り返れば、マントは羽織っていたものの、マスクを外した女が、アンジェリークが佇んでいた。
なぜ彼女が居るのか、全く想像がつかないわけではなかった。そう、この前も居たのだから、屋敷の主、ニクスの同伴と言う形で。
幸い、マントで服は見えていないはずだ。上手いこと誤魔化せばと思ったが、既にアンジェリークの視線は足元へと向かう。
致し方がない。こうなったら。
「ざぁんねん。私はロシュアンヌ。あなたは、この前会ったベルナールのお知りあいの子かしら?」
平然を装え。
声とテンションをギリギリまで高く保て。
大丈夫、表情はわからないはずだ。こんなところでマスクの有難みを知るとは、さすがに思わなかった。
「ええ。ご挨拶が遅れました。アンジェリークです」
アンジェリークは、深々と頭を下げた。
よし、バレては居ない、ようだ。
「そう……アンジェリーク、その子ロシュ、って子もお知り合いかしら?」
「ええ、ベルナールさんから、今日は彼も来ているって聞いていて。後ろ姿がよく似てらっしゃって、間違えてごめんなさい。ロシュにも悪いことをしたわ」
アンジェリークは、しゅんと小さく、見るからに落ち込んだ。
(いや、間違ってないし)
似たようなマスクで、似たようなマントを羽織るこの集合体の中で、なんでわかったのか姿だけでオレを見つけて。名を呼んでくれることの喜びが、どれだけのものか。
顔が自然とにやけていた。やっぱり、マスクはあってよかった。
「ひ、人違いのようだから私は行くけど、ベルナールには言っちゃダメよ? 私が来ているってこと」
くるりと振り返った私、じゃなかった、オレのマントが、またくいっと引っ張られた。
「あの……お気をつけて」
思わず何のことだかわからなくなるが、ロシュアンヌが潜伏する状況の判断のもと、なのだろう。
「ふふっ。アリガト」
マントが話されるのと同時に、オレは動き出す。
さて、気分も新たに、ひと仕事してきますか。
もしも、早く仕事が終わって、この前のように追われることが無かったのなら、ずらかる前に少しだけ、彼女に会えないだろうか。
もう二度と、ロシュアンヌなんて名乗るのは御免だが、ロシュとしてこのような高貴な場所へ、好き好んで来ることは無いだろうから、今夜は特別に。
私と踊ってくれないかしら、と。おどける要素も含めて。
今度は、オレがお前を見つける番。




END

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ハロウィン時期なのでマスカレードにしようと思ったら、ロシュアンヌは高クオリティさを思い出しまして。
とくに「ひどいわ〜〜〜!!!」の辺ね(笑)アルパラはあのカオス感が好きです。


(2010/10/03 アンジェ神曲・無料配布[今宵、君と。]収録作品)