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一.
繰り返し同じ夢を見る。高校に入ってからは、特に頻繁に。
場所は、どこかの日本風なお屋敷の廊下。
ピンク色の着物を着た女の子……視点的には私が、なぜか袴を履いていて。私の前には、顔は逆光となってしまっていて見えないけれど、バンダナを頭に巻いた男の人がいるの。
それがどうした、と聞かれると、困る。ただ、私とその人が、会話をするだけの夢だから。
今日は酔っぱらっているとかいないとか。宴会に手がつけられなくなっているだとか。嬉しいことでもあったのかとか。辛い事はないかとか。花見も良いけど月見もなかなかおつなものだとか。お団子が食べたいとか。
大体こんな感じ。取り留めない、会話。
どれだけ違う話に切り替えてみようとしても、結局いつも同じ会話が繰り返されるだけで会話に変化はなかった。
あ、嘘。
ひとつだけ、私の意思なく変わる台詞がある。
不思議だけど、同じことを、どちらからともなく切り出すの。
月が綺麗だ、って。
満月ですね、と私が返すこともあれば、ああそうだなと返事をしてくれることもある。
これが、この夢の最後。
着物なんて七五三から着ていないし、着物とバンダナなんて、時間が噛み合わないのは夢のお約束。
けれど、本当にあったことのようにリアルで。
見たことのない建物なのにどこか懐かしくて。
まるで昔の映画でも再生しているように、少し色褪せていて。
目が覚めると、どの夢よりも暖かくて、必ず涙が出たんだ。
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二.
と、朝からオレに語りかける千鶴は俯いていて、でも耳まで真っ赤で必死さはものすごく伝わってきた。
勢いで握ってた手も震えていて、ギョッとする。
なんでオレに話すのか聞いてみたら、誰に話しても笑われる気がしたけど、なんとなく平助くんなら平気だと思った、だと。
その理由がわからないんだけど。まあいいか。
正直な話をすれば、聞いていて良い気はしなかった。
いっいや、嫉妬だとかそういうんじゃなくて。
心当たりが、あるのだ。
遠い、遠い昔の記憶。
殺伐とした世の中の人斬り集団に居た、ピンクの着物とバンダナ男に。
理由なんて取って付ければよかったから十五夜とか特別な月じゃなくても、月見と称して宴会なんかしょっちゅうしていたし、つまりは記憶のフラッシュバックなのだろうと思う。
今は、もう、必要のない記憶だ。
出来れば千鶴には、思い出して欲しくないと思う。
新選組のことも、羅刹のことも。その行く末も。
オレは、薄々思い出して……というよりは、蘇ってきてしまっていて、もちろん幸せだったことも、かなりエグいものも含めてだけど。日本史の授業も、幕末題材のゲームも、そんなんじゃなかったというツッコミもできてしまうし、懐かしいような泣きたいような気持ちにもなれる。
だけど、千鶴の様子を見ていると、そのまま葬り去られる記憶としていいものかとも、思う。そういや、新八っつあんと千鶴は、特別仲がよかったっけ。
相変わらず俯いたまま、オレに手を引かれたまま、学校へと足を伸ばすだけのこの必死な千鶴を、馬鹿にしたようにから買うのも受け流すのも無理で、とりあえず、笑顔を作る。
考えてひねり出した結果、オレが一言言えたのは、これだけだった。
何か、特別な意味でもがあるんじゃねえの。
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三.
平助が、体育教官室から出ていったのが、つい先ほどのことだ。予鈴と同時に駆けていった。
千鶴が思い出してしまいそうだ。
と、まるで自分の事のようにうっすら涙を浮かべて。
そういえば、俺に、新選組を知っているかと、問いかけてきた時と同じ顔をしていたように見えた。
答えは、ああ知っているがそれが何だ。
だったが、あまりにも真剣な目をしているから、歴史知識としての知っている、とは意味合いが違っているのは容易く想像がついた。
そもそも、一体何人にこの頃記憶のがあるだろうか。
俺が知っている限りは平助だけだが、相談してきたのが平助だけだったからであってそれが全てではないはずだ。
思い出すのは、何も悪いことではないのだろうが、それでも物事には程度と順序がある。突然すべてを受け入れるには、特にあいつには少々荷が重いだろう。
とはいえ、何が出来るわけでもないから、静観せざるを得ないのは、致し方のない部分だと、世話焼き心を落ち着ける。
それにしても、彼女の夢とやらは、色々と面白い。
聞く限り、確かに見たことのある風景の中の出来事。
おそらくは治安は宜しくなくても心の平穏があったころの話だろう。だが、俺の知る限りその時にはまだ、彼女にもそのお相手の野郎にも自覚は無かったはずなのだ。傍目には面白いくらい滲み出ていたが。
その後、本格的に隊がばらばらになってからは、俺にはわからないことも多いが、夢の話が本当に現実を写していると言うのなら、全く罪な野郎だ。
だがしかし、ある意味では、その夢は夢である、というだけのほうが、障害はないんじゃないか。生命の危険は無いが、その分この世間の壁は厚い。
俺は保護者か、と、自分の頭を掻いていた。
この直後、またの相談事がやってきて、思うのだ。
お前もか、と。
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四.
おい左之、聞いてくれよ。
久しぶりに、夢を見たんだ、なんだか妙に懐かしい夢だった。
俺がだな、女と話しているんだ。あー、でも、何話してるかわからねえんだよ。聞き取れないんだ。
ただだな、ものすごい月が綺麗な夜でだな。暗闇に薄黄って妙に印象に残るもんだな。
それにあの女、どっかで見たことあるような気がするんだよ。お前、心当たりないか。
至極真面目な俺の質問は、はぁ何言ってるんだ。と全力で流された。
まあ、俺もそんなにはっきりと特徴を言えるわけじゃないんだが。黒髪を一つに結っていて、優しい雰囲気の女だった。それだけだ。現代日本設定の夢じゃないのだから、服装がどうこうは言っても仕方がないので割愛する。
けどな、なんだ、この暖かい感じというか、なごむ感じってか、どうしても夢とは思えない。
そして彼女が、それ程遠い存在だったとも思えなくて。なんとなく、傍に、居るような気がして。
夢ってのはよく願望の象徴とか言うから、だからもし知ってるやつなら教えて欲しい。
どうせ考えてもわからないんなら会って確かめるのが一番早いだろ。
結局本人か特定する術はないのが、問題ではあるが、自分ながら良い考えだと思う。どちらかと言えば、思考型より直感型だ。いや、数学という担当教科は思考型に属するだろうが、性格上はあまり難しいことを考えてうだうだする俺じゃねえ。
とまあ、色々考えてみたところで、思考を止める。
結局のところ、何が言いたいのかだな、と前置きすれば、左之の冷たいような生温いような視線が刺さった。
ただ出会ってみたいと思った。あの温かさに。
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五.
「…………村」
意味とは何か。と夢に意味を求める前にあの状況とあの人達を知りたいなんて、でも夢であるのだから知ってる場所でないことの方が可能性高いはず、と、考えれば考えるほど堂々巡りで深みにはまる。
知りたい理由は、その涙。特別悲しい内容でもないはずなのに、あのシーンを思い返すだけで、今でもじわりと目が滲んだ。溢れるほどではないけれど、視界は歪むくらい。
「雪村」
全学科の中でも厳しいことで有名な土方先生の授業。
チョークが飛んで、は来なかっただけ良かったけれど、名簿で軽く頭を叩かれて意識が教室へと戻る。窓の外を何の目的もなくぼーっとしていたのは、意識がないというところで寝ていたのと同罪。
思わず、慌てて立ち上がってのあたふたする私に、教室が沸く。
「……ええと、すみません。聞いていませんでした」
珍しいな、と言いながら、土方先生は教卓へ戻り、黒板に背を向ける。
「授業内容から離れた雑談だからって気を抜くんじゃねえぞ」
土方先生の一声に、教室の空気が一瞬にして凍った。
心のなかでクラス全員に謝罪する。
「古典の言葉は、今とは違う意味になっている物も多い。訳し方にも注意が必要だ。ってところでの雑談だが、日本人は英語を訳すのにもかなり自分なりの訳をしたらしい」
もう二度目は言わないというオーラがにじみ出た土方先生の言葉に、身を乗り出して聞き入る。そう念を押すということは、次回のテスト範囲と見てもいい。
教科書には載っていない雑談の点数は、あとから見返せない分貴重なものとなる。
「とある人物は『愛している』を、『月が綺麗ですね』と生徒に訳させたそうだ。まあ意訳過ぎるが、俺個人としては、風情があって悪くないと思うな」
座っていいぞ、と言われるのとほぼ同時に、椅子に崩れ落ちた。
ただの雑談。そう雑談なのだ、深い意味は、おそらくない。ただ、今朝方も聞いたその言葉。
月が綺麗。
そしてフラッシュバックした幼なじみの一言。
……この夢には、どんな意味が、あるのかな。
わからないけれど、言葉は偶然だとしても、何度も繰り返すのも、偶然なのか。
そして、最後だけ変化する夢の内容。
どちらからでもないその言葉。
いや、あの夢は、純和風のもののようだし、英訳のこの話とは、全く関係の無いものかも知れない。いや、関係ないんだろうと言い聞かせる。
偶然が重なっただけの、ただの思い違いならいい。
ただ、もしその言葉も繰り返しも、意味を成すのならば。
……だめだ。突然の珍回答に、頭が追いつかない。
座った流れで、そのまま机に突っ伏して、自分では見えないけれどおそらくは真っ赤な顔を隠す。
クラスメイトの慌てる声が聞こえた。土方先生の呼ぶ声も聞こえた。
でも、しばらくはこのままで居させて欲しい。せめて、何でもないと、笑顔で話ができるまで。
***
その後。
とある占い師さんの本によると『満月の夢は恋の成就』とのことで、妙な意識をするようになってしまったのが数日後。
頭に巻いた、バンダナ、ではなくトレードマークの井上建設のロゴ入りタオルが妙に目について離れず、その人への視線が少しだけ変化したのは、数週間後。
幼なじみが、数学の新八っつあんってぇ、と名前を出すだけで過剰反応してしまうようになるのは、数カ月後のお話です。
END
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最初にSSL1話を見たときに元気にお日様のもとを走る平助と咳き込まない総司を見て、回を追ううちに平和な世界を実感して……ガチ涙で見た去年です。
公式的には、薄桜鬼本編と関係ないというのは重々承知です。捏造すみません。
(2009/10/10 コミックシティスパーク5・無料配布作品)