「有川ー。次音楽だろ。さっさと行こうぜ。」
友人の声にああと短く答えると、譲は音楽の教科書を手にして教室を出た。
廊下には数人で連れ立って音楽室へと向かうクラスメート達の姿が見え、譲達もその流れに加わって歩いてゆく。
「なんでこう俺達の教室って、音楽室から一番遠いところにあんだろうなー。」
「よりにもよって校舎の端と端だもんなぁ。対角線っての?移動が面倒でしょうがないよな。一年間我慢すれば良いって言っても…一年かかるわけだし。」
俺達ってついてないよなぁ…とぼやく友人達を横目に、譲は苦笑した。
実を言うと、この教室移動がそれほど悪いものだとは思えずにいた。
三階の東側、突き当たりにある音楽室へ向かうには、二年生の教室の前を突っ切ることになる。
窓の外に映る景色。上級生達の姿。
同じ学校の廊下でもなんだか見慣れない景色の中に、一つ年上の幼馴染の姿を見つけると、譲の胸はいつも馬鹿みたいに騒ぐからだ。
通りがかりに目にする望美は、譲が多少の落ち着かなさを覚える空間に溶け込んでいて、まるで知らない時間の中にいることを感じさせる。
ひどく新鮮で、特別なものを目にするような機会にも思えて、むしろ楽しくすらあった。
「午前中に音楽あるとさ、いつもより早く腹が空かねぇ?」
「言えてる!歌うと体力使うからじゃないか?あー…今日は早弁して昼は購買に買いに行くことになるかも。あんま金使いたくないのになぁ〜…。」
友人達の間で相変わらず他愛ない会話が交わされてゆくのを聞いているうちに、望美の教室の前に差し掛かる。
あいにく扉は閉まっていたが、譲が何気なく扉に備え付けられた小窓へと視線を向けると、求めていた人の後ろ姿がわずかに覗いた。
腰まである長くまっすぐな髪が日の光を反すのを目にした瞬間、ドキリと鼓動が跳ねる。
「やっぱ今日も『風になりたい』歌うのかな。」
「そうじゃないか?先生あの歌好きらしいし。」
隣を歩く友人達に相槌を打つ時にはもう、通り過ぎて見えなくなった一瞬の光景。
けれど譲の心には、まだ落ち着かない鼓動の速さと共に後を引いて残る。
そのままだんだんと遠ざかってゆく教室を背に、ふと、先輩のいる教室の窓は開いているだろうかという思いがよぎった。
同時に、開いているといいな、とも思った。きっと声が届くはずだ。
これから響く歌声を、自分の声を先輩が聴いていると――そう思いたい。
鳴り始めたチャイムの音に友人達と共に少し歩を早めながら、譲は自分の思いにも加速がついてゆくのを感じていた。
END
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譲→望美の切ない雰囲気がたまらなく好きな私にとってなんと素敵ないただきものでございますか!
彼は両思いで幸せになって欲しい反面この片思い担当でいてもらいたいなんて言ってしまいます。
「風になりたい」が個人的に大好きな曲で、さらに嬉しいです。ありがとうございました!
(2010/10/14 らくじつ 不破様 作品)