桜は、東へ
入道雲は、南へ
紅葉は、西へ
そして、雪なら北へ
ここは
望めば手に入る世界
ならば
桜は、東へ
入道雲は、南へ
紅葉は、西へ
そして、雪なら北へ
ここは
望めば手に入る世界
ならば
南斗宮、一角の川べりに、座る姿に後ろから声をかければ、にっこりと穏やかな笑顔がかえってくる。
「南斗様! いまお時間ありますか?」
「ええ、たっぷりとありますが、どうしんたんです?」
「お月見しましょう!」
色々考えた末の結果が、この至極簡単なこの一言だったのだから仕方がないのかもしれないけれど、
唐突な申し出に面食らったのは南斗星君だった。
「…………ああ、人の世界の風流というやつですね」
「月が出るまで待とうと思うんで、お時間あったら付き合ってください」
「永遠に出ないでしょうけど、いいんですか?」
南斗星君はくすりと笑って逆に尋ねた言葉は、あかねは絶句する。
まさに瞬殺とはこのことだろう。秒殺、にも満たなかった。
「ここには、夜という概念もありません。それでも?」
確かに、時間の感覚が違う。というだけでは済まされないくらいに、この世界の昼は長かった。
あかねがこちらに来てからもうかなりの時間になるはずなのに夜の訪れる気配なはい。
どれだけの時間が流れたのかも良くはわかっていなかったけれど。
「あ、昼間にでも月は出ますから、心配はいりません!」
それでも、せっかく思いついた計画を無駄にはしたくなくて、半ば意地もありどうにかと食らいつく。
「そうじゃなくてですね。ここ、一応天ってところなもので月そのものがないんです」
月とは、地球の衛星である。
ここは、全くの異空間であることは分かったのだから、良く考えれば分かることではあった。
それでも、似たところも多々あるこの世界と向こうの世界との境界線は、あまりにも難しい。
「そっか…………そうですよね」
あかねが知る世界で、季節とは好む好まないにあらず移ろうものであった。
だから季節ごとに楽しむものもあれば、待ち遠しいという気持ちも自然と生まれていた。
であるのに。
「ここって季節も時間も変わらないから、せめて月くらいなら毎日違うから面白いかなって、思ったんですけど」
しゅんと、肩を落とすあかねに、南斗星君はにこりと笑った。
「僕たちは、見たこともないものですから、きっと面白いでしょうね」
「毎日微妙に違うとか、月に兎がいるとか、昔の物語にもなっていますし。とても綺麗なんですよ」
語って、あかねは、はたと我にかえる。
期待を持たせたところで、きっとどうにかなるものでもなくて。
「僕もすごく見たくなってしまいました」
「でも今無理って」
「無理でしょうね」
あかねの顔を覗き込み、にっこりと南斗星君が笑う。
「あかねさんの世界に行かないと」
「へ?」
「あー、でも僕だけここを離れるんじゃ、少なからず均衡が崩れてしまうなぁ…………」
さらりと、あくまで冗談であるように笑いながら、それでもすぐに理解できる内容でもないのだろう。
「仕方がない。あれも誘いますか」
「あれってもしかして」
「わかりませんか? 僕があれ呼ばわりするのは、とある愚兄ただひとりですよ」
「え、いやでも、神様がお二人ともいなくなっちゃうのは、良くないんじゃ?」
「いいか悪いかで言えば、まあ悪いでしょうね」
「じゃ」
「そうですねぇ…………ほんの少しくらいなら、席を外しても問題ない。くらいの認識でいいんじゃないでしょうかね」
いいの?
と浮かんだ疑問は、あかねの頭の中だけで消す。無理やりにでも、揉み消す。
自分でも気が付いていないだろう百面相を見て、南斗星君の口元は、にやりと歪んだ。
「それよりもあなたには重大な仕事が出来てしまったんですよ? わかってます?」
「しごと?」
「しっかりと兄を口説き落として、その『月』とやらを僕に見せてくださいな」
「く、口説くとか!」
「大丈夫、あなたならそうそう難しい仕事でもないと思いますよ」
さぁ、と促され、あかねはそれに向かって歩き出した。
「あなたなら、ね」
南斗星君の、最後の一言はあかねの耳には入らず消えた。
あかねの世界で数えると次の夜まで、もう時間がなかった。
急いで説得に向かうものの、難しくないという太鼓判であれ、納得してもらうのは、難しい。
結局何度目かの夜まで間に合わず、予想外のところで、あかねが言うところの待つ楽しみを体感する南斗星君であった。
END
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今日が仲秋の名月だったのは、ただの偶然です^^
(2009/10/03 星君祭・作品展示)